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みなさん、ブログやめちゃったんですね。
久々にパソコンを立ち上げたついでにROブログを見てまわるも、僕の知ってるブログはことごとく更新されていない、あるいは無くなっていた。Efiniさんとフォノンさんのブログがあったのは確認。
トミーさんのブログ、無くなってるし。あらー。
理由はEfiniさんのブログに書いてあった。
てか、Efiniさんブログ書いてるし! 現役のROブロガーの中では最古参に近いところにいそう。あ、えかさんがおりましたね。
EfiniさんにはこのままROブログ界の生き字引として、後進の指導に当たって頂きたいですね。
主にROブログのマナーとかさ、ありますでしょう? リンクしたらゲーム内で挨拶に行かなきゃいけないとか、足跡つけられたら足跡返さないといけないとか……え?

そういやたまに一緒にROしてた男、仮にX君と呼ぶが、そのX君から連絡があった。
曰く、最近ROやってる? と。そういうXも最近またINしてるらしいが誰も知り合いがいなくて暇なんだとか。精錬祭やってるよ、と誘われるも、叩くものなんも無いし、あんなにガッツリとROやる時間は取れないしな。
きっと今年も悲喜交々があったことでしょう。現役ROプレイヤーがここを見てる可能性は低いと思いますがお疲れ様でした。

「倉橋書店」さんが元気に更新されていて少し嬉しくなる。
倉橋書店というROブログをよく見てたんだけど、今ではもう知れ渡っているんだろうか?
たぶん彼女の身内の方以外では僕くらいしか見てなかったんじゃないかってくらい、かなり最初の方から見ていた。そのうち彼女はギルドを作って、ギルドの人も見るようになったようだ。だってリンクも1個か2個くらいしかなかったよ確か。
ROとは全く関係ない食べ歩き記事が好きだった。どんだけ食うんだよ、てかどんだけ移動するんだよって突っ込まずにはいられなかった。食べてるものもまぁまぁ高めだったりしたし、きっとお金持ってるお嬢さんなんだろうなとか思ったりした。独特の世界を持ってる人。動物園の年パスとか持ってたよねたしか。
あちこちの店に入っては淡々と記録し、一言二言だけコメントするという高度な技も持っていた。
そういう記事って出来そうで出来ない。色々書きたくなっちゃうんだよ僕は。

当時のリーマン会議で話題にしたっけ?
当ブログで勝手に紹介しようと思ったけど、ほら、ウチとはテイストが真逆でしょう。せっかく楽しくゲームしてるのに、もしウチから変な輩が流れたりしたら迷惑だと思ったし、僕がひっそり読んでいたいってのもあって。
相変わらず楽しそうにROをなさっているのがとても嬉しい。



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【2017.05.22 (Mon)】 ROメモ // TRACKBACK(0) // COMMENT(4)
一つの区切り
時間が空いてしまいました。
仕事がまぁまぁ忙しかったのと、会社の人間や友人達と遊ぶのが忙しかった。
でも面白おかしい日々を送っていますよ。

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抜群に面白いROブログの名は「BLUE VACATION」という。特に流行っているわけでもない過去のゲームROの、しかもアクセスが得やすい情報系でも考察系(たまにしてたが)でもないボス狩りブログで、毎日4桁のアクセスがあったのはほんと凄い。

その頃からイフやブブに粘着し無類の強さを見せていたんだけど単にそれだけではなく、純粋にブログの面白さで勝負しているブログだった。でも意外なほど読者はコメントをしなかったんだよな。それは著者のANTICHRIST氏が、触れれば切れるナイフのような人物だったからだ。覚えている人はわかるだろうけど強い言葉を使う人で、ブログでも名指しでDisる等、遠慮も容赦もない。
ただその物言いの中に見える強さ、暖かさや、器の大きさやユーモアに、きっと多くの人が惹かれた。私も例外ではなく過去ログを全て読み漁り、熱心な読者となり、自分もROブログを書きたいと思い始めた。

それまでWEBに文章を晒した経験はあった。HTML手打ちでWEBサイトを作ったことから始まって、ブログをやって、mixiをやってtwitterをやった。
1からブログを作ることも考えたがWEBサイトというものはデザインにこだわると恐ろしく時間がかかるもんだ。それなら、昔書いていたブログを再利用した方が始めやすい。

学生時代の他愛もないことを書いていたブログの200を超える過去ログを全て下書きにした。
そして、2013年の12月24日に私のブログ「Transmitter⇔Placebo」はリサイクルオープンした。当時のコンセプトを思い出すと確かこんなんだった気がする。
・明るくユーモアを忘れない
・ボス狩りを目標にした内容にする
・強くなる過程がわかるような内容にする
・なるべく多く更新する

もう守れていないのもあるが、だいたいこんな感じのブログなら自分自身が見たいと思える。
ほぼ毎日更新して1,2ヶ月経ったあるときBLUE VACATIONにロボメカでジュピロスの最深部に行く話が載っていた。何か疑問をブログに書いてたので、私は自分のブログにそのアンサーを書き、氏のブログにコメントした。

それをきっかけにANTICHRIST氏とブログ上で交流が始まった。
私のブログはギロチンクロスでボス狩りをする記事が多くなって、試行錯誤の様子をなるべくたくさん書くようにした。
BLUE VACATIONにもやはりANTICHRIST氏の試行錯誤が記されていたから私はそれを見てギロチンクロスのボス狩りを体得していく。

ところで、BLUE VACATIONにおいて「リーマン会議」の存在は欠かせないファクターである。
メンバーはANTICHRIST氏を中心とした各サーバのボス狩りで構成され、しかもみんなROブロガーであり、夜な夜なSkype上でボス狩り談義をしながら血肉を啜ると専らの噂だった。

そんな恐ろしい集団だったが、ブログでの書かれ方はとても面白かった。まるでお笑いでもやっているような掛け合いに、私は彼らを芸能人か何かを見るような気持ちで見ていた。

ある日、私のボス狩り記事にコメントがあった。そこにはリーマン会議への招待と「おったな!」の正しい発音を伝授するとあった。
それ以降、私はリーマン会議の末席を汚すことになった。
その頃のメンバーはANTICHRIST氏、なぎ氏、イスタンコ氏、Efini氏。
ANTICHRIST氏は既に不動の名声を確立していたし、なぎ氏はメギン持ちの二刀クリで、イスタンコ氏はETでの活躍等、既に実績がある面々。Efini氏と私はまだ駆け出しで、私は猛者である彼らの課す試練を超えるのに必死だったんだ。

彼らの課題は生易しいものではなかった。
まず、入るなり怨霊を倒してこいと命を受ける。私の事情など当然斟酌されず、あり合わせの装備で向かって死ぬ。レベルが低く装備もなくHPもソウルブレイカーを耐えられないくらい低い。

やっとのことで倒して私は調子に乗った。
怨霊より上のボスなど戦ったことがないこともあって、なんでも倒せるような気になった。そんな私にリーマン会議の常任理事と言われる他メンバーは、すぐにイフリートに行ってこいと口を揃えた。

気が大きくなっていた私は全然不可能だとは思わなかった。イスタンコ氏は尊敬します、aiharaさんならやれますよ! と根拠のない励ましをする。
その戦いがどんなものだったかは昔の記事を見てもらえればいい。9時間だぞ9時間。まじつかれた。
いまのように装備やレベルやノウハウがある時代ではなかった。

そういえばブログタイトルも変更したんだ。
発端はANTICHRIST氏が掲げた、「ノーデッドでニーズ倒せなかったらブログタイトル変更マッチ」だ。
当然準備する十分な期間は与えられず、あり合わせの装備とレベル、そしてANTICHRIST氏が他ゲームから誘い入れた盟友うずお氏からのいくつかのノウハウを聞くだけで挑む。よくあの装備でやったよなぁ。結果は「Transmitter⇔Placebo」から「津軽海峡冬ブログ」となってしまったんだが。でも、あの一件でリンクの申し出が増えた。

また、その行為に全く意味はないと明言されたデータルザウルス反射ごとしばき倒しの行というのもあった。一説には縦社会であるリーマン会議の理不尽に耐えるためとか、ANTICHRIST流ギロチンクロスを名乗るための最終試験だとか言われたが、実際は幾許かの達成感と、謎の自尊心を得ること、イグ実を大量消費する感覚を得られるだけである。

その後、リーマン会議には夜氏、JIRO氏、栗氏等が加わる。たまにみゅむえもん氏やおーじ氏がいたりした。それぞれ皆、自分の頭でよく考えて自ら切り開く気概を持ったボス狩り達だった。

ANTICHRIST氏が自分と似ていると言ったMimirのボス狩りptさんが急に話かけてきたときもその時だったかな。pt氏はMimirでは古くから知られたボス狩りだったけど、当時の私は全く知らずに、ただANTICHRIST氏のブログにリンクされている人という認識でいた。それと、ちょうどパーフェクト錐が欲しかった時で、RMCで売りに出してたのがpt氏だった。引退するからと、余っている装備を駆け出しの私にくれたんだ。パーフェクト錐はもうないけど、って。
なぜくれるのかと聞いたら、彼は私に不思議な縁を感じたと言った。ANTICHRIST氏のブログを見てボス狩りを再開したというpt氏と、ボス狩りを本格的に始めた私。しかもサーバが同じという共通項。その時にもらった+8蛸引包丁に深淵3枚刺した時はやはり感慨深かったなぁ。

そのうちANTICHRIST氏が2年以上ほぼ毎日更新したブログを飽きたと言って閉鎖。イスタンコ氏はET80Fに消え、なぎ氏は俺より強い奴に会いに行くと言い残して旅に出る。みゅむえもん氏も氏であるANTICHRIST氏を追ってブログを閉鎖、JIRO氏は八戸沖でイカ漁中に消息を絶ち、夜氏はネット環境を失い、栗氏は正確に時を刻む犬の散歩に出たきり。
私も生活環境が変わったりで休止をしたりでしばらく離れたりしながらROを続け、気付けばリーマン会議2ndシーズンとも言うべき者達が集まる。トミー氏やバリ氏、R3氏、マイセン氏、床屋氏、フォノン氏、猫次郎氏など新進気鋭のROブロガーが集まってボスに明け暮れた。それとブログを持ってない人もわずかだがいた。ちろんどるやみふゆちゃんだな。
彼らとのやりとりはブログの過去記事を見てもらえれば仔細がわかるのでここに殊更書くことは無い。
と、名前を挙げてきたが漏れてる人がいたらすまん。いまぱっと思い出せないだけなので他意はない。

私はカードを出すというよりもボスを倒したいから倒すというタイプのプレイヤーだったので、カードを出すことへの拘りは薄い。
イフやブブを特別の気負いなく倒せるようになったところで私のボス狩りはひとまず区切りがついた。

と思っていたが、イスタンコ氏がランドグリス倒そうって持ちかけてきたんだよな。
迷った末に受けることにしたんだがランドグリスはやはり相当強い。とりあえず挑んでみるも、これまでの装備とやり方では勝てないと感じ取った。
そのとき著名なギロチンクロス系のROブログでランドグリスを倒してた実績があったのは、月と団子のさつき氏、彗星の如く現れた猛者Phenomenon氏。さつき氏は二刀クリで、Phenomenon氏はスイッチで倒していた。さつき氏は超Fleeにめっぽう強い二刀クリを引っさげ圧倒的な火力で。Phenomenon氏はスイッチとブログに書いてたものの、同じスイッチの私でもどうやったら倒せるのかさっぱりわからなかったんだよね。とにかく物凄くうまく倒していることはなんとなくわかるものの、それを真似するのは不可能だと判断せざるを得ないくらい死んだ。

ランドグリスの研究を進めていくうちにわかったことは、今の私には色々と必要になるものがあるということ。
なんたってカタールでのクリティカルが3000とかでASPD193ないんだから、クリティカルを強化する以外方法はなかった。
耐えて勝つという方針で、いつもあの猛攻を受け切るのは回復剤が足りなくなるし難しいとも思った。
やはり二刀クリなのか? とも思ったが、そもそもドレイクも無しにさつき氏と同じようにできるとも思えない。もっと抜本的な、これぞ私のやり方だと言えるようなものを考え続けたんだあの時は。

JIRO氏とランドグリスについて相談していた時から斧を使うというアイディアは出ていたけど結局はASPDが足りないってことで没にした。
だからその数ヶ月後に、アンドフリームニルのマントが出た時はイケる! と思った。シミュってみるとそれでもASPDが足りなかったんだが、JIRO氏がアドレナリンラッシュスクロールを使うアイディアを出し、そこからはとんとん拍子に案が出来てきた。あの時は本当に楽しかったな。様々な案を検討して、ゼロから練り上げ、机上の空論を形にするべく金策をする。持ったことのない大金が必要という試算が出た時は諦めかけたけど、それでもドレイクカードを手に入れるよりも圧倒的に安いし、何よりまだ誰もやったことのないことを形にするのはワクワクした。
私の知る限り、同時期に同じアイディアを持ってた人は幾人かいたみたいだけど、斧クリティカル型は私のアイデンティティでもあったなぁ。公開したことで真似する人も少しは出てきたし、斧クリのメリットを語る人も出てきたし。でもその記事の中で、当ブログに触れなかったりすることに、少し複雑な気持ちになったりしてさ。

ランドグリスの撃破は私のRO生活において集大成だった。
先にマイセン氏が倒したと知った時も、悔しさは多少あれど単純にすげーなと思った。
ランドグリスの強さを語れる者同士、親近感が湧いてきたくらいだ。すぐマイセンさんに連絡をとってスカID教えてって言ったよね。

毎日毎日ランドグリスのことを考えて、夢にでるくらいだったもんな。仕事中にアイディアを書き留めて、家に帰ってシミュるなんてこともした。

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飽きるほどボスを狩り、ボスのことを考えたなぁ。
カードが出ないことは残念だったけど、まぁそういうもんかなぁという気もする。
運が良けりゃすぐ出るし、悪ければなかなか出ない。出すまで狩るってのはとても素晴らしいことだけど、私はそこまで出来なかったなと。娯楽であるROというゲームを何年も噛み続けて、まだ味がするのか、もうしないのか分からなくなってしまったんですね。
頭を使って狩ることもないし、工夫を生む余地がなくなったのも残念。いや、探せばあるんでしょうけどね。そこまでのエネルギーをかけることが心情的に難しくなったということですね。

現実では絶対に繋がることがないような相手と、友人関係になれることがROの一番の魅力だったなと今は思う。
リーマン会議面々もそうだし、少ないながらゲーム内でもブログ上でも。
Efiniさん、R3からは酒を頂き、フォノンさんとはたまに飲みに行ったりね。この夏は同じギルドの七海さん、ハスちゃんと会って飯を食い、うちに来てもらったりもした。私は人と関わるのが好きなんだ。みんな飲もうぜ。

というわけで適当になったけどROの総括は一旦終わり。
書き忘れてたこととかあればまた書こう。


5148文字。

【2016.11.13 (Sun)】 ROメモ // TRACKBACK(0) // COMMENT(6)
いつだって辞めていいし、いつだって始めればいい
社会人になって金を得た私は、その金を日本酒につぎ込んだ。
ある飲み屋の店主と仲良くなったことをきっかけに、様々な新進気鋭の日本酒好きと出会った。
日本酒ブームの足音がすぐそこまで聞こえていた時代だ。

あの頃はmixiが流行っていて、日本酒関連のコミュではよくイベントが立ち上がり、私もそれによく参加していた。
そこで知り合ったZさんとは日本酒系の居酒屋に行けばちょくちょく顔を合わせるようになる。

どんなきっかけか忘れたが、Zさんが昔ROやってたなんて話になった。RO昔話をして、またやってみようかということになる。

Zさんのサーバはその時Sesに統合されていたらしい。私は知り合いもいないSesにキャラを作った。

その時も昔に比べたら人は少なかったがプロ南に誰もいない、みたいな状況では全然なかった。だらだらと座り込む人達もいるし、ギルド募集チャットはあるし、臨時募集もいくつかあった。

Zさんは仕事が忙しい人である。
たまに早く帰れると飲み屋に行くため、ROをやる時間なんてほぼなかったんだろう。私も彼ほどではないが忙しく、2回くらい2人で遊んだが、次第に私もROからフェードアウトしていった。

それからまた何年か経った夏のある日。
金はないが時間は比較的あった私は、またROをやろうと思った。

SesはMimirとなっていてIrisもOlrunと名を変えていた。友人が誰もいないIrisでわざわざやることもないと思って、Sesが統合されたMimirにした。

私の商人はなんとなくギルドに入れてもらい、サマスペ中にメカニックになる。あんなにシビアだったレベル上げは特に苦労もなくなっていた。転生もあの頃のレベル90台のレベル上げよりずっと楽だった。

何も目的はなかったけど、キャラを強くしていくのは楽しかった。
いわるゆハクスラゲーとしてのROを楽しんでいたし、ギルドでわいわい、みたいなこともレベルが120くらいまではよくあった。

私のメカニックはいつしかレベル150となり、万能寄りのクリティカル型として、流行らないメカニックライフを満喫した。

その頃に、スノウアーカードをほぼ毎日1枚以上出して300M近く貯める。レアなカードなんて出ないと思っていた私は驚く。数をこなせば確率は収束すると実感したのもこの頃でもある。

ライド帽は休止中に実装された万能装備で、これを手に入れるのがその時の目標だった。だから買えた時はゲームをクリアしたような気分で、しばらく喪失感があったっけ。

少しだけボスもやってた。
ETの低層にでるようなボスは倒せていたから何人かでボスを探して倒すこともしていた。それでもまったり勢に変わりなく、キャラのレベル上げをPTでやったりしてRO充を満喫してた気がする。

その頃のボス狩りは修羅とレンジャーとABを多く見かけた。ギロチンもいたんだろうが、きっとすぐに倒されるからカチ合わなかったんだと思う。

ライド帽を手に入れてから特にやることがなくなって私のRO熱は冷めていった。
ライド帽を使わなければ成り立たない戦いなんてしたことがなかったから、使い所がなかったのだ。

徒歩メカはライド帽が手に入る前にカンストしていた。AxTの1確か2確で地デリやゲイン系があればSPに困らない。スノウアーの金策でかなりレベルは上がっていたし、仕上げはゴツミノでパワースイング。SPはその頃よく一緒にやってたソーサラのたけのこ氏にもらってた。

私のキャラはカンストした徒歩メカ、PTで支援がいないとき用のAB、Sesで実は一番最初に作ったマジシャンの3キャラしかいなかったので、ライド帽は無用の長物だったんである。

ロボメカを作ったのはその頃だ。青ジェムや矢など比較にならない高いランニングコスト、燃料の重さ、SPの大量消費、一度死んだらギアを借りに戻らなきゃいけないというような強烈なデメリットのおかげで使い勝手はすこぶる悪かったが、それを乗りこなすことに楽しさを感じた。

デメリットはあるがライド帽があるからこそ成り立つ狩りがここにあった。そこそこの威力がでる聖、闇、念の攻撃があり、回復にはリペアがあり、遠距離攻撃完全カットのバリア、敵に囲まれても距離を取れるスライド、それを成り立たせるライド帽のSP吸収。どこのダンジョンでもいける走破性の高さと癖の強さも相まって気に入った。

徒歩メカニックの装備は当時にしてはそこそこ持っていたし、ロボメカでもまあまあ戦えていた。女ロボのバグで、ディレイがきつかったけどロボでもボスをやったりした。実は当ブログで動画も公開してたりするが、地味過ぎて全く反応がないんだよな。



時間がないからだったのか飽きたのか、理由は忘れたがまたしばらく間が空いた。
数ヶ月だったか、1年以上空いたのかもう覚えていない。かつてそこそこの人でまぁまぁ賑わったプロ南には、臨時もほぼなくなり、溜まり場にもあまり人影がなく、ログインしたはいいが寂しい閉塞感を感じた。

せっかくネトゲをしているんであれば、多少は人と関わりたいと思うもんだ。昔から私は一人で金策をして一人でLvをあげることが多かったが、それでも多少は人と関わっていたし関わりたいと思っていた。何から何まで全部一人でやるのであればオフラインのゲームで良い。

私はこのゲームに何を期待しているのだろうか。
そんな自問自答もした。今思えばきっとこのゲームを始めたばかりの、何も知らないマジシャンの私がゲフェンに生まれ落ちたような、何から何まで新鮮な瑞々しい気持ちを期待していたんだと思う。

既にLv上げをするようなキャラもほとんど残っておらず、何をしていいのか分からないまま、少ない溜まり場の人間となんとなくボスを探して狩るような日々が始まった。ボス狩りはたまにやっていたが、よく知らない世界だ。あまり強くないボスなら狩っていたが怨霊以上のクラスになると未知。それは私の好奇心を刺激し、まさにブルーオーシャンを見つけたような気持ちだったと思う。

修羅を作ったのは、ボス対抗でよく見るからだった。
修羅はボスに向いているらしい。なんでも大纏崩捶というスキルがあればどんな強敵でもハメ殺すことができるらしいと知り、またしてもサマスペでLvを上げた。サマスペ期間中に余裕で修羅になり、Lv140くらいまであっさり上がる。ただ大纏は多少はコツが必要で、慣れるまで少し時間を要した。

そのうちギロチンクロスを作ることにした。
シーフを作って1週間ほどで、めでたくギロチンクロスになった私は情報収集のため検索し、とあるブログに行き当たる。それはある男のボス狩りの全記録であり、それまで知っていたどのROブログとも違っていた。
【2016.10.17 (Mon)】 ROメモ // TRACKBACK(0) // COMMENT(7)
やり残したことはありますか
やり残したなぁと思うこと、あるんだよね。
ROならボスカードを出していないことと金を返しきれてないことなんだけど、借金以外は割とどうでもいいかなと思っている。ボスカード出したい理由ってのは、別に自分で使いたかったわけではなく、ただ出してみたかったというだけだから。別にそこまで強い動機があって続けていたわけではない。使いたいボスカード、特にないしな。ボスを狩り続けてきた証としてのカードを欲しがっていただけだ。
さて、このブログでやり残したなと思うことは、実はかなりある。書こうと思ってたことがあと30記事分はあるんだ。いや、これマジ。
正直、ネタがなくて困るみたいなことは無かったよね。
書くのが遅いし時間がなくて書かなかったけど、1つ書いてたら書いてる最中に何個かネタが出てきてた。

別に私が凄いとかそういうわけではなく、それだけROとそれを取り巻く人々には豊富な話題があるということ。
別なゲームをだったらそんなに書けないと思うんだよね。もう14年経ってるんだっけこのゲームは。そりゃそうなるはずだよ。

ROはIrisで始めた。
正式サービスが始まった直後くらいに友達に誘われて始めてね、割と時間を持て余していたのでドップリだったな。
Lv1でゲフェンに降り立ち、ノービスで周辺のファブルをずっと狩ってたと思う。
先に始めた友人が首都にいると私を呼んでもゲフェンからの道のりは険しく周囲の敵でレベルを上げるしかなかった。やがてマジシャンに転職し、その頃にはポタ屋の存在を知った。

マジシャンの私はエルダーウィローにひたすらコールドボルト5を打ち込んだ。
エルダーウィローカードが欲しかったからね。エリュダイトサークレットが憧れの装備だった時代があったのだよ。

あんときは夜8時ともなると10000人を超えてるなんてザラでほんとにひどいラグだった。今じゃ考えられんな。
敵のスキルが実装される前だったがラグで死ぬことはしょっちゅうで、通りすがりの人に起こしてもらったりプロからまた歩いて戻ってきたりでね。

それでものめり込んだのは、同じゲームを同時に10000人もプレイしてるという実感があったからだと思う。
青森の片田舎に住む私が、毎日10000人規模の祭りに参加しているつもりになっていたのも無理はないよ。目の前のたくさんのキャラをみんな人間が動かしていると思うと、新しい世界を知ったような感動があった。
今やSNSもゲームでも、リアルタイムに繋がるのが当たり前だが、当時はチャットかネトゲくらいしか手段がなかったんだよな。

そんなとき、女アコと知り合った。
ネトゲを始めてやったこともあって、ゲーム内で知り合いができるだけでドキドキした。また明日、なんつってゲームをログアウトするのですらなんだか凄く充実感があった。

毎日は会わなかったが、女アコと行動を共にすることが増えた。一緒に始めた友人も加わり、3人であちこち行った。

女アコは年下で中学生。兄のPCを借りてゲームをしている自称女である。当時、ネットの匿名文化が今よりも尊重されていた気がするし、相手の素性を聞くのは失礼になるんじゃないかと思っていた。

当時の私はドラクエでも主人公を女にするような少年で、漫画やアニメでも脳筋キャラよりも技術や発想で勝つキャラが好きだったのでマジシャンだった。丁寧な言葉でチャットすれば、中身の性別に関係なく女性として扱われる。純粋な世界だった。

ギルドにも入った。
エルダーウィローの壁をしてくれた剣士Dさんの紹介で一般的にギルドってああいうのだよね、ってのを体現したギルドだった。生身の人間以外と関わるのは新鮮で楽しかった。

当時はWIZだったからまともに狩りなんてできなかった。なんたって、画面が固まって動いたと思ったら死んでるんだもんな。大らかな時代だったよ。あれで1500円取ってたら今なら訴えられてるよ。

蟻地獄にこもったこともあった。
ヒルクリは垂涎の品で、あれを持ってるか否かでヒエラルキーがあったように思う。結局いくらやってもビタタカードは出なくて、収集品やらを売った金で買ったんだよな。まともなカードなんて一生でねーんだなと悟ったのはこの頃だ。エルダーウィローも出なかったしな。

ラグでひどい時間を避けるように、家に帰ってから飯、風呂、即睡眠で夜中に起きて人が少なくなってから延々とアラームを狩った。それでも数千人いたけど。

この時だったか、座っていると腰が痛くて痛くてたまらなくなった。ズキズキして人の手を借りないと立てない。事務用椅子じゃなくちゃんとした椅子を買ったのも初めてだった。

アラームから出るクリップは初め1Mもしていたように思う。それがどんどん値下がってしまったのは、明らかに我々のような暇に任せて狂ったようにアラームを狩るWIZのせいだった。

思えば、1人でどこにでも行ける走破性の高いWIZがカッコいいと思っていた。だからAGI-DEXを上げ、VITもそれなりに振る。QMがあればほぼ避け、まあまあ耐え、まあまあ威力も出る。

基本的に万能キャラ、オールラウンダー寄りで華麗に倒す方が好きなんだと思う。
今でこそギロチンクロスなんてやって数秒でボス倒すなんてやってるが、対抗が来ない、横殴りしないのであれば自分の操作で華麗に倒す方が良いと思っている。今やどの職も強スキルを連射して倒すのが当たり前ってのが寂しく思うし、つまらなさの一端だよな。

やがて、様々な実装があってウンバラが実装されたくらいでネットがない環境に引越すことになり辞めた。
まだあの時は敵がスキル使ってこなかったし、転生なんてなかったと思う。

そこから何年だろう。
ノーグロードが流行ってたいつかの夏の日まで、ROの存在は忘れていた。

【2016.10.05 (Wed)】 ROメモ // TRACKBACK(0) // COMMENT(2)
せめて人間らしく
どうも近年「終活」という言葉を聞くようになってきた。
Wikiでちょっくら調べてみると「終活(しゅうかつ)とは「人生の終わりのための活動」の略で、人間が人生の最期を迎えるにあたって執る様々な準備やそこに向けた人生の総括を意味する言葉である。」と書いてある。
生まれた時は文字通りおんぶに抱っこで生きてきて、これまでは死ぬ時もそうだったが現在では死ぬ前に色んなことをしておこうということだ。

さて、勘の良い人は気付いただろうか。
終わりの準備をする。それは何も人生だけに当てはまることではない。
ROというネットゲームにおいても、そろそろ色んな人が終活に入っているんじゃないだろうかと思う。

ちなみに私は既に課金をしていない。
仕事が忙しくなっているのもあるし、飲みに出かけ、映画を見て、筋トレをして、カラオケし、ダーツし、麻雀をし、短歌を詠んでいるとROが入り込む隙間が見当たらないのだ。
要はそれらよりもROの優先順位は下になっているということ。さらに言えばその優先順位が今後も上がる見通しは全く立っていないということだ。
端的に言えば情熱が湧かない。故に、時間をかける動機がない。
(バリさんには借金返済しますけどね!)

良いこと、楽しいことがあると思えるから物事は続けられるものだ。それが無くても続けなきゃならんというのは生活のためにする仕事ぐらいで十分だ。
そんな単純なこと分かっていたのに、なかなか辞められなかった。
自分の場合は理由が単純で、ボスカードが出なかった、これのみ。
多くのボス狩りがなんとなくずるずるとゲームを続けているのは「これまで消費した膨大なボス狩り時間が、今諦めれば全て無駄となる」と思っているからだ。

しかし、冷静に見ればこの考えはとても危険だ。
負けを取り返すためにさらに金を突っ込むパチンコのようなもんだ。相場の例で言えば、含み損が出ているポジションをずっと保有し続け、ナンピンしているようなもの。
結局は膨大に消費した時間を意味のあるものに変えるためにはボスカードを出すしかないと思ってしまう続けてしまう。
でも、こんな考えは破綻している。意味のある時間にするため、いくらでも時間をかけていい理由にはならない。

どこかで損切りをする時が必要だ。
結果の出ないものに時間を消費するよりも別なことに時間を使った方が良い。
至極当たり前の発想から、私はこれまで目を逸らし続けてきた。
分かってはいた。分かっちゃいたんだが振り返ると、これまでかけた膨大な時間が横たわっていて後ろが見られなかった。

わいわい狩りをすること、雑談をすること、毎日メモDに通うこと等にROを続ける動機が見出せたら良かったんだがダメだね。
そういう時間を大事にして楽しむことにゲームの価値を見出している人もいるのは理解しているが、どうしても自分にとって意味のあるものには思えない。ボス狩り? 何が面白いの? と思う人がいるんだから仕方ない。

あるいはボス狩りのプロセス自体を毎日楽しめれば良かったんだがそれも限界がある。
ボス狩りは別に難しくない。運の要素を排除できる装備や狩り方があればなんのことはない作業である。

何かが発展、進歩するためには劣等感が必要だと心理学者のアドラーは説いている。
今日の科学技術でさえ、人間にはまだまだ知らないことがあるという劣等感が基になっている。
噛み砕いて言えば「人は足りないと思うからこそ頑張る」ということだ。
工夫も特に必要なくボスが倒せるのであれば、向上心など母のお腹に置いてきたって良いんである。


まだROを辞めてないけど今やっていないことは事実。
私にとってのROを振り返ることは終活なのだ。
ROプレイヤーとしては異端である私でもせめて人間らしく。
何回かに分けて、そういう文書いてこうかな。
(60分)

【2016.10.03 (Mon)】 ROメモ // TRACKBACK(0) // COMMENT(0)
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