04 // 2016.05 // 06
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
最後のデコポン
機島わうと名乗るその男は新宿にいた。

新宿で研修を終え、金曜夜の孤独を耐えかねた機島は、このままでは夜の闇に押し潰されると直感した。

幾度も夜に押し潰されてきた男は、そう判断するや否や、やおらスマートフォンを取り出し1つのメッセージを祈るような気持ちで送った。

***

海の見えるモノレールに乗った私は、視界の端に時折海を捉えながらスマートフォンでブログを書いていた。

電車で通勤する仕事になったから乗っている間はブログを書く。最近の習慣だ。

親指をせわしなく動かしていると端末が震えた。LINEに反応有り。

「寂しい……」

文面はスパムのような一文のみだったが、名前は機島と出ている。

三点リーダを2つにするあたり、なりすましではない。機島なのは間違いない。

私は直球で返信した。

「なんしたの!」


機島は自分がいかに寂しいかをポエムにして送りつけてくる。

私は特に予定も無く家に帰る途中であったので彼と会うことにした。

場所はJR山手線大塚駅。

20160529_01.jpg




19時30。

大塚駅改札を出ると、浮わついた金曜日の空気が充満していた。

これから飲みに行く風のサラリーマン達、部活帰りの学生、19時30だというのに既にへべれけのじいさん、

彼氏と待ち合わせるOLなど、年齢も性別も違えど、皆えへらえへらと笑っていた。

私は到着したことを、竹内力スタンプや津軽弁スタンプを駆使して伝えた。

3分ほどして電話が鳴る。LINEの無料通話だ。

近くにいるらしい。



浮わついた空気に馴染めない浮いた男こと機島は、スーツを纏って

ビジネスバッグを左手に500mlの缶ビールを右手に立っていた。

仕事終わりに彼と会うのは初めてだ。

彼は飯を食わないタイプの人なので細身であり、それ故にスーツも様になる。

一人孤独だったと話す機島は泣き腫らした目をスーツの袖で拭きビールを呷る。

目の前でビールを飲まれている私は飲みたくなって、いかに寂しかったかを説明する機島を連れ、

グルグルと夜の南大塚商店街を歩き回った。

なにせ彼は食への関心が薄いので、何を食べたい飲みたいとかの要望はなく、

私は色々な店を頭に浮かべては消してを繰り返した。



やがて考えるのが面倒になり、やきとんの「富久晴」に入った。

機島はシンプル且つ静かな場所を好む、たぶん。

メニューはやきとんと酒少々しかなく全席カウンター。見た目に硬派で老舗感があり趣がいい。



やきとんを4種、2本ずつ注文。瓶ビールでやる。

「なんだい、その食い方は?」

しばらくすると機島に指摘された。私の串の食い方は変わっているらしい。

機島は4本の串を1本ずつ食べていくそうだが、私は4本を並行して食べ進める。

ハツを1つ食い、カシラを1つ食い、レバーを1つ食い、次にカシラ、ハツ、レバーというように

規則正しくはないが、だいたい平均的に食べる。

これが機島の目には相原という人間をよく表した食い方に見えたらしい。



今まで特に意識していなかった。

自分のことを神経質だとか几帳面だと思ったことはないのでその線は無いと思う。

食べ物の選択肢は多い方が贅沢感、幸福感も味わえるのではないか、

また、早いうちに選択肢がなくなることに寂しさを感じているのではないか、確かそんなようなことをその場では言った。

確かに私という人間が分かりそうな癖だ。



一方で機島は機島で変だ。

例えば私は幕の内弁当もそうやって全体的に食べるが、機島はシャケならシャケを食いきってから卵焼き、

それを食いきってからコロッケ、と一品食い切り主義らしい。

改めて考えると、私のはただ貧乏くさい食い方で、機島の方が恰好の良い食い方だと思う。



***

串を1人8本ほど食い、瓶ビールを2本空けて1時間もせず退店。

富久晴はそんな居合斬りのような飲み方が合っている。

すっかりほろ酔いの士となった我々は、次の狙いをビールに定め、私も入ったことがないアメリカンなビアバーに入店。

どのくらいアメリカンかと言えば、店の前に成人男性ほどもある自由の女神像が置いてあるくらいである。

どことなくサイケな色使いの店内を見渡すと会社帰りに寄りましたよ的な男女2:2の客がいて、それを横目にカウンター着席。



スーパーマンのグッズがそこかしこに置かれていて少し落ち着かない。

目の前に立っている丸められた、半ピラの紙をおそるおそる広げると、メニューを書いた紙であった。

メニューはどこにでもある普通のものだろうと思われる。

思われると言うのは、どこにも日本語が書かれていないからで、

おそらくニューヨークあたりではどこにでもある普通のメニューなのだろうと予想せしめたからである。



多少たじろぎながらも、ほろ酔った私は得意の英語混じりのジャパニーズで、

「thisと、thisね。あと、thisも」

と、メニューに指を差しながらつつがなくオーダーした。

可愛らしい女店員は、私に感心するでもなく怯むでもなく、やはり英語だらけのメニューを指差し、

「ソースをこの16種類の中から3つお選びください」

と、言い返した。

全然普通のメニューじゃなかったんである。

しかも英語のメニューだからと、私は気合を入れてthisの、舌を少し上前歯に付けるthの発音をしてみせたというのに、

この可愛らしい女店員は一切の英語を使うことなく笑顔でソースを選べと言った。



私と機島は顔を見合わせ、再度メニューに目を落とした。

大量のソースを表す英単語が、メニュー中部から下部にかけてずらずらと羅列されてあり、

真ん中くらいにHabaneroとTabascoの文字が見える。

どうやら辛いソースのリストらしいことは分かったが、ババネロ、タバスコが真ん中にあることで、このリストの凶悪性が分かる。

選択肢の多さに私は考えることをやめ、ギリギリいけそうなタバスコ他、読める英単語を2つを選んだ。



やがてビールがきて、チキンが運ばれる。

Firestone walker IPAとバッファローウイングです、と女店員は説明した。

カリフォルニアのワインのブリュワリーが醸造するアメリカビール、

そしてアメリカヤング達のビールのアテと言えばこれ、バッファローウイング。

らしい。



店の名前にも冠すその食べ物は、手羽元の唐揚げみたいなもので大体予想通りの形。

まさかソースが恐ろしく辛いとは思ってなかったが。

機島は平気な顔でむしゃむしゃ食っていた。

辛いものが平気なのか、食にこだわりが無いのか私にはよく分からなかった。


***


我々は南大塚から北大塚商店街に移動し、

風俗店やラーメン屋、中華屋、焼肉屋、病院など建ち並ぶ猥雑な商店街をはしゃぎながら歩いた。

次に向かう場所は決めている。「やっとこで」ある。

北大塚商店街のはずれにあるが、いつも活気のある居酒屋で早い時間なら予約しないと入れない人気店。

金曜夜は混んでるだろうが、21時を過ぎているため客も1回転はしているだろう。入るなら今。



「あいはら! おれ寂しいよ!」

席に着くなり機島は叫ぶ。

その声は他の酔客の声に掻き消されたが、私は確かに聞いた。

怒号にも似たそれは機島の魂の咆哮だ。

もしかしたら実際には声に出していなかったかもしれないが私には確かに聞こえた。気がする。

先ほどまでの二軒で話したのは主に機島の孤独なロマンスの話で、

内容は詳しく書かないが要約すると、都会はおれから何もかも奪っていった。

都会憎し! 誰かおれに構ってくれよ、ということである。

と、私は解釈した。




機島は自らを落ち着かせるように焼酎に口を付けると、いそいそとスマホを取り出して誰かとLINEを始めた。

私はそれを横から覗き込み、やり取りを眺め、

女の名前の誰かと楽しげにスタンプなぞ送りあっている様をハイボールを飲みながら見ている。



さっきまでの口ぶりは女っ気などなさそうだったが、えらく親しげに草を生やしている。

おそらくはネットで引っ掛けた行き摩りの女だろうと思って聞いてみた。

すると、行き摩りの女こと真紀ちゃんはLINEの世界に閉じ込められた意識のみの存在で、

気まぐれでおれのような者を相手にするんだよと、ラノベっぽいことを口走ったかと思うと、電話をかけ始める。

出ないな、とか言う機島を見ながら、意識のみの存在に電話できるるわけないじゃん、

と設定の甘さを指摘しようと思ったがやめた。



機島はネットの世界に逃げ込んだ。

真紀ちゃんなどという、きっと黒髪で眼鏡をかけていて、

黒い服と茶色い服しか持っていないような社会と関わりが希薄な女を相手にである。

あるいは、花柄とひらひらしたレースを好んで着て歩く系の黒髪ぱっつん、

赤いセルフレーム眼鏡をかけ、靴はロッキンホースバレリーナの痛い女を相手にである。

とにかく真紀ちゃんと楽しくやっている機島を見て出来ることを考えた結果、

私はアイフォーンを取り出して、連絡先から電話しても怒らなそうな女を選び出し、電話をかけていた。



私の住む世界では、酔って誰かに電話する――へべ電――という行為は酒飲みの習性と認知されていて、

これを理解する者達であればいきなり電話がきても不審に思わず、

ましていきなり知らない男――機島――が電話に出ても笑って許すだろうと思われ、

機島に電話越しの温もりをプレゼントできるだろうと思っていた。



機島は大きなお世話だよと笑いながら答え、希薄な、あるいは痛い、機島曰く意識のみの存在とLINEを楽しんでいる。

今思えば、真紀ちゃんも私の知人も、機島にとっては等しくよく知らない人だ。

むしろ真紀ちゃんの方がいつもLINEをしている分、意識のみの存在だろうが、行き摩りの女だろうが、

希薄だろうが痛かろうが、機島にとってはリアルな存在かもしれない。

しかし私はそんな機島の心を救いたい。乾いた機島の心に潤いを。

待っていろ機島。




大学の同級生だった佐々木さんにコールした。

「もしもし……?」

5コールすると、おそるおそるといった風に佐々木さんは出た。そりゃそうだ。連絡を取るのは5年以上ぶりだ。

定期的に大学の同級生達で、東京に出てきた者が集まって同窓会をしていた頃、彼女はその集まりの船頭だった。

後に彼女は仕事でバーンアウトし、地元に帰って幸せに暮らしましたとさ、と私の記憶はそこまでである。

私が酔っ払っていることを悟ると彼女は軽快に話し始めた。金曜の夜、家で缶チューハイを飲んでいるらしい。

「え、なに、じゃああたしが帰ってからはみんなと集まってないの?」

「男連中は多少集まったりもしてたけど、おれも実家帰ってね、最近また東京来たけどさ」

「あ、そうなんだ。あたしも色々あってさ、今は名古屋にいるよ。東京行けるから、また同窓会やるか!」



同窓会の話をして機島のことなんかすっかり忘れていた私は、じゃあなと言ってつい電話を切った。

横で聞いていた機島は私を見て不満そう。

「おれに代わるんじゃなかったの!?」




地元にいる幸恵(さちえ)には、こんなときに電話をかけやすい。

「まんだ飲んじゃあの?」

ネイティブな津軽弁を操る彼女の近況をひとしきり聞いた後に、今度こそ機島に変わる。

「初めまして、機島WOWと申します」

機島は営業マンのような口調で自己紹介したかと思うと、

おそらく聞かれてもいないのに自身の趣味である小説執筆について話し始め、

ラノベと一般文芸の違いに話が及んだところで私は電話を取り上げた。




現実の女と話したことで機島に何か変化があるかと思って観察したが、特に何事も起きないままLINEに戻った。

機島はただ生の人間と接していたいと思っているのだろうな。

相手は女でも男でも、子供でもオッサンでも良いんじゃないだろうか、

LINEに興じる機島を見ながらそんなことをボンヤリと考えていた。



店を出て私の家に向かう途中、路上で何かを売っている男女がいた。

――5個500円。

オレンジ色のそれは、オレンジでもマンダリンでもないデコポン。

私と機島はデコポンという間抜けな響きを持つその果物が可笑しくてたまらなく、しばらく腹を抱えて笑っていた。

機島はその男女&デコポンに、笑いながら近づいていき何やら会話を始めた。

「デコポン! 買うわ!」

「ありがとうございますー! お兄さんご機嫌ですねぇ」

「まーな! デコポン!」

「5個で500円になります」

「いや、6個くれや! ほら、これでいいだろ?」



6個くれと言った機島は1000円を渡す。

「太っ腹! ありがとうございます!」

「おう!」



機島は私に向き直り、6個で1000円のデコポンが入った袋を「ほら!」と渡す。

5個で500円のデコポンがなぜ6個で1000円になったのか、理解できずにどういうこと? と聞いても、

機島は「まぁまぁいいじゃんいいじゃん」と言うだけで答えず、私もいま目の前で起こったそれがだんだん面白くなってきて

私と機島はやはり笑いながら住宅街を歩いた。



数日後、最後の、1個500円のデコポンを食べ終えた。

その味は確かに500円のデコポンの味で、瑞々しく潤っていた。



5928文字

【2016.05.29 (Sun)】 小説 // TRACKBACK(0) // COMMENT(4)
| BLOG TOP | 次のページ »
CATEGORY


RECENT ENTRIES


RECENT COMMENTS


RECENT TRACKBACKS


MONTHLY ARCHIVES


LINKS


SEARCH THIS SITE
MY PROFILE
aihara
  • aihara
  • fishing of the boss,by the boss,for the boss
    おったな!

Powerd by FC2ブログ
Material by A Trial Product's
Template by chocolat*
©Gravity Co., Ltd. & LeeMyoungJin(studio DTDS) All rights reserved.
©GungHo Online Entertainment, Inc. All Rights Reserved.
当コンテンツの再利用(再転載・配布など)は、禁止しています。
   
Copyright © 2005 津軽海峡冬ブログ All Rights Reserved. 【 / 】